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アメリカ生活 [1]

アメリカでアパートを借りる、歯医者へ行く、スピード違反、交通事故、就職活動、教員免許

2014年5月11日 (日)

アメリカで教員免許試験を受ける。

就職活動の記事で繰り返し書いていた、「アメリカの教員免許がないことの不利」を改善すべく、4月に教員免許試験を受けました。(将来のために。)


日本と違って、教員養成課程を卒業すれば免許をもらえるわけではなく、取得する免許の種類によって、いくつかの試験を受ける必要があります。その代わり、採用試験というのはありません。


採用は、大学時代の教授や実習監督の教師からの推薦状と、個々の学校の面接で決まります。そして、採用されても終身雇用ではなく、評判や仕事内容によっては契約更新がされないこともあります。



今回私が受けた免許試験は、



高校までの4教科-国語(=英語)、社会(歴史、地理、政治、経済)、科学(化学、物理、生物、地学)、数学の基礎科目テストと、


特別支援教育(中~重度障害児教育)のテストの2つでした。



特別支援のテストは、普段私が大学で教えている内容ほぼそのままなので、あまり心配していなかったのですが、基礎科目のテストは、内容を英語で入れ直さなければならず、その内容自体も随分遠い記憶のかなた…

「( ̄ー ̄)おーいどこだーい? 

という感じだったので、テスト前の一か月間は結構真剣に勉強しました。




例えば、


脊索動物はChordataと言うとか、封建制度はFeudalism、有糸分裂はMitosis、減数分裂はMeiosis、原核生物はProkaryote、真核生物はEukaryote、などなど…。



懐かしすぎる内容。



ちなみに、東ローマ帝国は、意外にもEastern Roman Empire ではなく、Byzantineと言うんです。驚きの事実!!(どうでも良いですが。)




博士課程では、論文を読みまくる勉強ばかりでしたが、こういう既存の知識を学ぶ楽しさを久しぶりに思い出しました(高校時代には、残念ながらこの楽しさをあまり自覚したことはなかったですが)。




日本では文系と言われる私ですが、アメリカでは数学が最も得意科目になるというミステリー。今回の試験でも、数学は1問を除いて全問正解。科学も、言葉の意味が全く分からなかった問題(地殻変動に関する何か)の一問以外は全問正解でした。



そして、最も苦戦したのが、国語…特にポエムの読解と、社会…アメリカの政治・経済でした。



ポエムは、


「この隠喩の意味するものは何ですか?」と尋ねられて初めて、



「え?これって隠喩だったのでしょうか?( ̄ェ ̄;)(そのまま素直に読んでたよ) 




と驚くというレベル…。




でも、日本の国語の方が随分難しいという気がします。


まず内容が多いですよね。漢詩、和歌・短歌、古文もあり、漢字だけでも相当の数あります。



漢詩なんか、やれレ点だ、一二三点、上下点、しまいには甲乙丙点だとか、外国人が学ぶのは大変そうです。



英語でも、古典詩やシェークスピアなどの古い英語もありますが、基本は同じアルファベットを使っているし、少なくともレ点はありません。




社会や科学にしても、日本の方が高校までに結構深く内容を掘り下げているように思います。こちらでは、割と浅くざっくり学んで、大学に入ってから専門分野を深めるという感じになっていますね…。




なにはともあれ、この機会に一般教養を英語で学び直すことができたのは、とても良かったと思います。




そして、これで晴れて免許の手続きをすることができます。



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2014年3月24日 (月)

ちょっとネガティブ過ぎる?

今月初めに、前回ブログに書いた州立大からの封筒が届いたので(またこの話題であれですが…)、こちらからお断りしたのに、rejection letter(不採用通知)が届くものなのかぁ~と思って開けてみると、


We will not be filling the position at this time. 」


という短い一文が…。


あれから気持ちを持ち直していたのに、これを見て再び、


えぇ~~sweat01 やっぱりあの時面接うけてたら可能性なくもなかったんちゃうの~??


と無駄な「もし」が頭をよぎり、辛くなってしまいました… il||li _| ̄|○ il||li


勿論、可能性があったと100%言えないから、こうして妥協したわけで、今更「もし」を考えても意味がないのですが。


研究レベル的にも、研究と教員養成に掛けるバランスにおいても、その州立大はまさに私の理想とする職場だったため、なかなか残念な気持ちが収まらず…。



そういうことをあれこれ呟きながら、ふとよそ見をして視線を戻すと、テーブルの上に置いたレターがない…eye


あれ?あのレターはどこ?


と聞くと、


「捨てたよ」


と旦那さん…


一瞬の隙に、さっとゴミ箱に捨てていたようです。早業…sweat02



「こういうのはさっさと視界から消すのが一番だよ。これ以上考えても意味ないからね。」


いやいや、ファイリングして保管するんだから、とゴミ箱からレターを取り出す私に愕然として、



「まるで撃たれた銃弾を集めるみたいだなぁ…。病んでるよ~」



と笑われてしまいました。



確かに…、そう言われればそうなのですが、一応、どこの大学に応募してどこから断られたかを覚えておくために(将来いつどこで誰と働くことになるか分からないし)、今まで届いたrejection lettersも全て保管しているのです。



その州立大からのレターをファイリングしている私を見て、首を横に振る旦那さんでした。





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2014年2月17日 (月)

定まらない気持ちのその後

昨日のもやもやの後、日本の友人と久しぶりにスカイプで話をしました。


すると、友人曰く、

いやいや、まだ面接受けていいでしょ!挑戦するだけした方がいい!


彼女によれば、

日本の就活生は、内定が決まった後でも、就活を続けることは当然のようにあることで、自分にとってよりよい選択肢を求めて最後まで戦い続けるのだそうです(ちなみに友人はむしろ採用をする人事側の人)。



うーん、なるほど…そうなのか、と再び揺れ動く心… (~ヘ~;)



確かに、より良い選択肢があるにも関わらず、職のオファーを受けてしまったために、みすみすそれをやり過ごさなければならないなんて辛すぎる…せめて挑戦だけでもさせて欲しい…という気持ちも捨てきれず、


推薦状を書いてくれている教授3人に、その州立大の面接を受けてもいいかと聞いてみました。


すると、


やっぱり…


答えは…


NO~ ×( ̄-  ̄ )



教授のお言葉:

If you sign a contract, then you really need to honor that commitment.

「契約書にサインしたならば、その約束を本気で尊重しなければならない。」

ということでした。


なんだか、この姿勢ってアメリカらしくないような気がしますけど…(むしろ古風な日本の考え方に近いような?)、契約書に対する姿勢が本気なのはアメリカらしいですけどね。友人の言っていたのは内定で、契約となると違うってことかな?


とにかく、


そういうことなら仕方ない…、とやっと諦めもつきました。


もしかしたら…と思って過ごすよりは、NOとはっきり言ってもらって、すっきりしました。

今した選択が、後々良かったと思えるように、切磋琢磨していこうと思います。


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2014年2月16日 (日)

本当にこれでいいのか…?気持ちがまだ定まらない

今朝、1月にアプリケーションを送っていたある州立大学から、電話面接のお誘いの連絡が来ました。


数日前に、就職活動の結末について書いた通り、既に別の大学の職を受けることにしていたため、電話でそのことを伝え、その州立大へはお断りしたのですが…、


電話を切ってから、なんとなく気持ちが落ち着かなーい…despair



もちろん、電話面接を受けたところで、キャンパスインタビューには呼ばれないかもしれないし、キャンパスインタビューに呼ばれて、最後の2人にまで残ったとしても、こないだの巨大大学の時のように、やっぱり選ばれない可能性も十分あるので、

その大学が雇ってくれる保証はどこにもないわけですが、


なんとなく急に、私はリベラルアーツ大学の仕事を受けたことをこうして事あるごとに後悔しながら生きていくのでは…??という焦り?のようなものを感じてしまいました。


とは言っても、その職は永遠に続くわけではないので(アメリカの大学では、准教授の間に、いくつかの大学を経験したり、教授に昇格してから別の大学へ移ることも普通に行われるので)、そこまで思いつめることでもないのですが…。



ものすごく自分の中で妥協して、とにかく仕事が必要だから、とリベラルアーツ大学の職を受けることを決めたところがあるので、もしかしたら、別の可能性が?と思うと、起き上がりこぼしのようにぐらんぐらんに揺れてしまいます…。



中には、既に仕事のオファーを受けておきながら、インタビューを続けて、ぎりぎりになって鞍替えする人もいるようですが、そういうことをすると、特別支援教育界のような狭い世界では、悪評が広まってしまう、と教授たちから散々釘を刺されてきました。


なので、決断する時には、決断しなければならない(これも変な日本語ですが)、という決まり文句が、博士学生の就活セミナーの決まり文句として言われていたのです。


本来ならば、仕事のオファーを受けた時点で、それまでに申し込んでいたところからアプリケーションの取り消しをしなければならないのですが、今まで放っておいたのが、そもそもの間違いでした。(それもまた心の迷いを表している…?)


一旦仕事が始まれば、気持ちも定まるような気がしますが、今はまだ気持ちが定まらず、揺れ動いてしまいます。


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2014年2月14日 (金)

アメリカで生理痛に効く薬

今朝起きて少しすると、酷い吐き気に襲われ、それから何を口にしても吐き気がひどく、1日横になって過ごしました。


朝起きてまず、甲状腺ホルモンを補給する薬を飲んでから、寝ている間から続いていた酷い頭痛を押さえようと、少しシリアルを食べてから痛みどめを飲んだのですが、吐き気がどうにも収まらず…、


薬を吸収するまでは吐けない!!とどうにか頑張ったものの…、


結局マーライオンのように3度ほどもどしてしまいました。


嘔吐って辛いですよね…wobblywobblywobbly



胃を空っぽにしてから吐き気は少しましになったものの、水を飲むだけで胃が収縮するので、スプーンを使って舐めるように水分補給。頭痛も収まらず、あまりにひどい頭痛で、動けず横たわっていました。


生理痛がここまで重症化した原因は恐らく…、生理が始まる時期と同時に甲状腺の薬の量を減らしたせいかな??と勝手に思っていますが、相関関係があるかどうかは不明(今までの経験から、甲状腺ホルモンの数値が下がると、生理痛が酷くなったというだけのことです、こういう経験のある方は是非教えてください)。ちなみに、甲状腺の数値がまた上がっていたことが発覚し、薬の量が半分になりました。いつまでたっても安定しない甲状腺にもうんざりです…



朝飲んだ痛みどめは、アメリカの市販薬、Tylenolでしたが、

Tylenolはあまり生理痛には効かないと聞いたことがあったので、途中からAdvilにしたものの、こちらも全く効かず…(実はもともとTylenolを最初に飲んだのは、過去にAdvilが効かなかった経験から)、


鞄に入れている薬ポーチに、去年日本で買ったバファリンが残っていたかもしれない?と思い、見てみると、ありました!最後の2粒 \(ToT)/!!


夜遅くになってバファリンを飲んでみると、みるみるうちに頭痛が収まり、吐き気も収まりました!!それまでのしんどさが嘘のように復活!!



ビバ!バファリン!!



思えば、日本にいた時も、生理痛にはバファリンしか効き目のなかった私でした。


そこで、ふと、AdvilとTylenolの成分は何やねん?と気になり(そこを知らずに飲んでたんかいな?と言われそうですが…)、調べてみました。


Advilはイブプロフェンが主成分なので、日本で言うところのイブと同類。
痛み止め、解熱、消炎作用があります。人によっては生理痛にも効きます。


B_03_advil_pain_tab_boxes
Tylenolはアセトアミノフェンが主成分です。
Advilに比べると頭痛や関節痛、怪我などの痛み止めに効くらしい。


Lawsuitlogospics_tylenol_tylenol


そして、バファリンはと言うと、アスピリンが半分、後の半分はもちろん「やさしさ」で出来ていますが、この優しさは胃を守る成分が半分含まれていることによるそう (*^_^*) 


バファリンが、吐き気を伴うきつい生理痛に効く理由は、アスピリンが痛みや発熱の原因物質であるプロスタグランジンの生成を抑える効果があるから。


そしてこの、プロスタグランジンの過剰分泌こそが生理痛の原因になっている場合があり、これが原因で子宮の収縮が過剰になったり、胃腸も同時に収縮したりして、マーライオン現象が起こるのだそうです。


と言うわけで、マーライオン現象を伴うような今回の生理痛には、アスピリンが必要だったのですね。


アメリカではBayerというブランドか、そのままAsprinとして売られております。
(明日雪が酷くなければ朝一で買いに行くつもりです。)


Bayeraspirinwomens

アメリカに来たばかりで、生理痛に襲われている誰かの役に立つかな、と思い詳しく書いてみました。



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2014年2月12日 (水)

アメリカでの就職活動、その後…

先日「職業に貴賎アリ」の記事を書いたのと関連して…、


ずっと以前に、「アジア名が相手をひるませている?」という、就職活動に関する記事を書いたことがありますが、



あれからほぼ1年が経過しました…。



もし、ちょくちょくこのブログを読んでくださる人がいれば、あれから就職活動はどうなったんかいな?と思ってる人もいるかもしれない(いないかもしれない)と思い、今日はその後の話をしようと思います。



ところで、私がアメリカの大学で博士課程を修了したのは、2013年8月(夏学期卒業)。


就職活動は2013年1月からしたものの、スタートダッシュが遅かったことと、以前の記事に書いたように、私のバックグラウンドが、採用する大学側にとってあまりにもワイルドカード過ぎる人選であることとが相まって、(それに加えて教育学部において、アメリカの教員免許を持たないこと、アメリカでの教員経験がないことはかなりネックになっている)、

アプリケーションを送れど送れどほぼなしのつぶて…。


難航するアメリカの就職活動」の記事で書いたように、やっと一校から電話面接を受けたものの、結局玉砕するという悲しい結末の後…、



博士課程を取った大学で、2013年8月から現在まで、非常勤講師としてクラスを教えながら食いつないでいる状態です。教育学部では博士を取った大学で就職できない掟があるので、非常勤枠でぎりっぎりの生活中。



これがここまでの流れですが、


今年も就職活動は継続してきました。



前回の教訓を得て、7月からフライングスタートし、最初の数か月は去年の気持ちを引きずりながら、とにかく募集が出たところほぼ全てに申し込んでいました。



9月に入り、募集数も増えてきたので、ある程度大学を選びながら申し込むようになっていきましたが、



その最初の数か月の間に申し込んだ大学の中から1校と、10月に入り申し込んだ大学の中から1校、キャンパスインタビューに招待されました。





私にとっては悲願のキャンパスインタビュ~cryingcrying!!

やっと…!です。




ここで一つ明記しておきたいことがあります。

去年と比べて、今年の就職活動は相手の大学側からの反応が随分違っていて、私が相手にとってワイルドカードであることには違いないと思いますが、敷居が低くなっている(電話連絡してもらえる数も増えている)、その理由は、アプリケーションレターに、アメリカの永住権(グリーンカード)保持者であること、ビザの申請なしでアメリカで働く権利を有していることを明記したことにあると思われます。


新卒(研究成果も名声もさほどない)でインターナショナルな学生の場合、こういう小さなことでこうも違ってくるのですね…。




さて、インタビューに招待された大学は、


北東部ニューイングランド地方にある小さなリベラルアーツ系の大学(数うちゃ当たる精神で7月に申し込んだ大学)と、州立の教育学部では全米一のレベルを誇る巨大な研究レベル1の大学の2つ。


「大学」という名のもとに存在する多様な形態の中で、まさに両極に存在しているような2つの大学に招待されたということが、私の就職活動における定まらない精神状態をよく表しています…




巨大大学の方は、ある特定の研究に従事する人を求めており、その分野のパイオニアになるような研究者を探していて、その研究内容が特に私の一生の仕事にしたいものとは違っていたこと以外は、キャンパスも美しく、研究へのサポートも(プレッシャーも)しっかりとあって、教授らもクールでナイスな人たち、という印象。大都市にあるので、アジアンマーケットなどもあり、生活していくには困らなそう。



一方、リベラルアーツ大学は、教員養成に力を入れており、研究へのサポートも(プレッシャーも)特になく、将来の教師に実践的な知識を教えることに重点を置いた大学で、山々の連なる美しい景色の広がるキャンパスで、まるでサンタクロースの村のような小さな町にありました。アジアンマーケットなどあるわけもなし(でも豆腐は地元のスーパーでも買えるそうです)。教授らはスローライフを楽しむ昔のヒッピー的な?人たちという印象。



最初に面接へ行ったのは巨大大学で、次にリベラルアーツ大学へ行ったのですが、リベラルアーツ大学からは面接の1週間後には是非来てほしいというお声がかかりました。(ちなみに面接はどちらも失敗なくこなせた。)



その時、まだ巨大大学からの返事が来ておらず(大学の決まりで、面接は最低2人を招待しなければいけないことになっており、その大学に招待されたもう一方の人が雪の悪天候のため面接時期を延期したため)、



私はもともと巨大大学の方は無理だろうな、と思っていたので(その特定の研究分野の経験者が他にいれば、そして、パイオニアに相応しいリーダーシップを備えた人がいれば、そちらの方へ話がいくだろうと思っていた)、きっとリジェクションレターが届くだろうと思って日々過ごしていたのですが、


リベラルアーツ大学からのお声が掛かったので、返事をあまり長い間待たせることもできないと、巨大大学へ連絡しようとしたその時(文字通りその瞬間、まるで運命かsign02くらいのタイミングで)、巨大大学から連絡があり、推薦状を3通至急送って欲しいと言われました。


ちなみに、最初の時点では推薦者の連絡先の提出だけを言われていて、推薦状の提出は必要ではありませんでした。





ここからが、Job Dramaの始まりです…。





私の教授は3人ともその日のうちにすぐさま推薦状をメールしてくれたのですが、

両候補者の面接も終了したこのタイミングで、推薦状を頼むというのは、Deanへ提出するための必要書類をまとめているに違いない(ということは=)これは採用ではsign02と言い出し…、




うちの大学の博士卒業者から、巨大大学へ採用の大快挙sign03ヾ( ;▽;)ツ





と勝手に大盛り上がり…。


しかも、(自画自賛するようでアレですが)、うちの大学では一番評価の高い学生だったのに、就職活動で誰よりも苦労している(しかも就職浪人中)、教授たちなりに不憫に思ってくれていた(そしてできる限りのサポートをしてくれていた)のが、

ここへ来て、奇跡の大逆転!?やはり分かる大学はこの子の良さを分かってくれるんだ!!\(*T▽T*)/と大喜び。





いやいやいや、まだまだ分からないので…喜ぶには早いのでは…??




と一抹の不安もよぎりつつ…。




と言うか、私は果たして、その研究分野のパイオニア的な研究者になりたいのか??という基本的な疑問も残しつつ…



生きていくためには、仕事(リアル・ジョブ)が必要!!

どこであれ、採用されたところへ行かせていただきます、という姿勢は変わらず、



両方に採用された場合は、(ほぼ周りの盛り上がりに押される形で)巨大大学へ行こうと決めました。



アメリカへ来て以来、研究者としての腕を評価されることの多い私ですが、それはアメリカ人と比べて数学に強いこと(日本では文系だったのに)、統計学をよく理解していること、統計学プログラムを使いこなせている数少ない学生であることなどによるもので、


本来の私は、研究も好きですが、学生に教えることの方が上手なのではないかな?という気もしていて、



本当はリベラルアーツ大学で、学生に教える方が合っていて、未だにアメリカの特別支援でメジャーな実践的知識を学び中の私にとっては、教えながら学べる良いチャンスのようにも思っていました。


そして、もう一つ考慮に入れなければならないのは、どこへ行ったにしろ、その大学で働くのは、旦那さんが博士課程を終えて、ポストドクを終えるまでの3~4年。

運よく、その大学の近くで旦那さんが仕事を見つけられれば良いのですが、その地理的な縛りによって、自分のしたい研究のできる研究所を断念して欲しくないため、地理的な条件に縛られない私の方が移動することになります。


その点でも、巨大大学は一度入ったら抜けるのが難しそう(何しろパイオニアにならなければならないし)という懸念もありました。






巨大大学からの明確な返事が来るまでの約1週間、教授や博士時代の友人らと話す機会があると、そのたびに、


リベラルアーツ大学に行くなど言語道断、


いやむしろ、


巨大大学に行かずんば人にあらず!



くらいの勢いで、少しでもリベラルアーツ大学を考慮している私に首を振る始末。



博士時代の一番の仲良しの友人など、


リベラルアーツ大学なんて大学と呼べない!


とまで断言していました…coldsweats02coldsweats02



おいおい、そんなこと言って、結局リベラルアーツ大学に行くことになったら、どないしてくれんねん!!




ここで、「職業に貴賎アリ」の記事にも繋がるのですが(やっと)、随分、大学の規模で差別するなぁ~と驚いてしまいました。

勿論、巨大大学に比べれば給料も安いし、研究へのサポートも少ないですが、教員養成に力を入れることは悪いことではないし、多くの教育学部の研究者が無責任にヒットアンドラン(当て逃げ)的な研究を繰り返して、教育現場を混乱させて、自分のキャリアのためだけに無駄な研究を繰り返しているのを見てきましたが、それに比べれば、潔く、教員養成に力を入れることに集中することが、そこまでダメダメなことだとは思えないのですが…


これは、その人がどの分野に力を入れたいかにも関わってくることなので、研究者になりたい人が、リベラルアーツ大学に行くのは確かに間違っていますが、
研究者が、研究をしていない教員養成大学の教授より偉いか、となると、うーん…と首をひねってしまいます。




それはそうと…、

これ以上、リベラルアーツ大学への返事を延ばせないと言う時期になって、ようやく巨大大学から返事がありました。

結果は、




見事、不採用…_| ̄|○
(ほら言わんこっちゃない…)



最後の最後で巻き起こった無駄なJob Dramaのせいで、


「ゴー!!巨大大学!!」の神輿にのせられて、わっしょい、わっしょい!と持ち上げられていたところから、急に放り落とされたため、



私もそのノリで無駄に落ち込んでしまいまいた…。


私の人生、割とこういう結末が多いんですよね。

こういう2つの可能性があると、必ず皆が望む方にならないというオチ。


私自身が悲しいと言うよりは、教授らを無駄にがっかりさせてしまったことが悲しい、期待に添えず申し訳ない、という気持ちになってしまいました…(日本人的な心境)。




でも、散々落ち込んだ後、よくよく考えなおしてみると、巨大大学へ行って、興味も何もない研究分野のパイオニアにならなくてむしろ良かったのでは?という気にもなってきました。



周囲には散々バカにされたリベラルアーツ大学ですが、そこからキャリアを初めて徐々に登っていく方が、トップから始めるよりも、良いかもしれない?(ポジティブに言えば…?)



いずれにしろ…、心のどこかで、未だに、できれば日本の特別支援教育に貢献したいという思いを捨てきれていないので、アメリカにおける教員養成への思いも中途半端で、研究を通して遠くから日本へどうにか貢献できないか、と思っている私にとっては、就職活動もグラグラと揺れ動く思いの中で、定まっていない感じがあったので、




そういう私の至らなさを如実に表したのが、この結末だったんだと思います。




なにはともあれ…
そういうわけで、
今年8月から、北東部ニューイングランド地方へ引越します。





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2013年2月15日 (金)

アメリカのバレンタインデー

今日、アメリカはバレンタインデでした。

アメリカと日本ではバレンタインデーの習慣が随分違っていて、アメリカでバレンタインデーというと、男性から女性へプレゼント(主に花)を贈ったり、恋人同士でちょっと雰囲気のあるレストランへ食事をしに行ったりするのが主流です
日本のクリスマスに近い感じ
かもしれません。(日本のクリスマスが恋人同士の行事になっているのも、ある意味で面白い進化の仕方だと思いますが。)


なので、バレンタインデイに相手のいない女性ばかり集まって、やけくそに飲みまくるパーティーをしたりする場合もあります。(クリスマスの女子会のような感じでしょうか。)


日本では、特に若い学生などにとっては、女性から男性に気持ちを伝える愛の告白の日のような位置づけもありますが、逆にアメリカでは、大学生や高校生などの若い 男性から女性へと愛を告白する日のようになっています


長年連れ添った夫婦や付き合いの長いカップル同士でも、この日は、子どもをベビーシッターに預けて、二人でムードのあるレストランで夕食を取ったりして(映画にありそうなシチュエーション…)、パートナーへの日頃の感謝や愛情を伝えたりします。


日本義理チョコのような習慣はないですが、バレンタインを祝う意味で、その日に顔を合わせる友人やクラスメイト全員に、チョコレート(大きな袋に入ったバレンタイン仕様にピンクや赤の包装紙に換えられたM&M’sやキットカットなど)を配る人もいます。


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中身も赤、白、ピンクだけになっています

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今日がバレンタインデーだということをすっかり忘れていた私ですが、研究室から帰ってきた旦那さんが抱えていた花を見て思い出しました。

私達は二人とも博士学生で、奨学金を貰っての貧乏生活をしているので、クリスマスも誕生日も特に何かを買ったりはしないことに決めています。(誕生日には夕飯をいつもより豪華にしたりはしますが。)

なので、
花を見てまず、「えー、そんなことせんでいいのに~!」と言ってしまいました…。(まずはありがとう、と言うべきなんでしょうけど…。)


でも、バレンタインデーは、毎年何かしらプレゼントをしたがるうちの旦那さんです。ベタだなぁ~…という気もしますが、バレンタインデーの意味合いが、私の持っているイメージとは全く違うんだろうなぁーと思います。


国が違えば、イベントに掛ける思いも違う、っていうやつですね。



貰った花
です。アメリカらしい派手なフラワーアレンジ
(背後にあるベンジャミンと一体化して
いますが。)

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2013年2月 4日 (月)

アメリカ生活の始まり(マイ・カローラのお尻)

先日の記事で予告した通り、今日は初マイカーを持った時のことを書きます。

ところで、この前書いたように、私の車はトヨタ・カローラです

カローラは日本車なので、名前も日本読み(?)の「カ・ロー・ラ」が正しいはずですが、アルファベットのスペルはCorollaなので、こちらでは、「クォロゥラ」と呼ばれています。


日本人の苦手なRとL両方入っているため、発音するのが難しいんですよね。

私も、しばらく上手に発音が出来ず(更にもともと意識に植えつけられていた「カローラ」という音先行してしまい)、
友人に車種を聞かれ「トヨタ・カローラだよ。」と言っても、分かってもらえないことが多々ありました。(カローラで合ってるはずやねんけどなぁ…と腑に落ちない気もしつつ、「あぁー、クォロゥラね!」と訂正されてしまう寂しさ。


そのカローラを購入したのは、
渡米しすぐの事でした。

なぜカローラを選んだのかと言えば、

小沢健二のファンだから

と言うわけではなく、
(小沢
健二さんが、ずーっと昔に、カローラIIのCM曲を歌っていたのを知ってる人にしか分からないアレですが。ちなみに小沢健二さんの曲は結構好きです。)


中古車の大型量販店で、一番燃費の良い車の中で、一番安かったのが、カローラだった、というだけのことです。(しかも、購入の1年前に作られたモデルで特に古くもなかった。)

ところで、アメリカで州にもよりますが)、とっても簡単に運転免許を取得することができます。

私の
住んでいるノースカロライナの場合は、18歳以上であれば二日あれば取れてしまいます。(しかも、かかる費用は3500円くらい。ディスカウントショップ顔負けの安さ。

DMV(Division of Motor Vehicles)のオフィスへ行き、必要な書類を提示して、視力検査と、交通標識の簡単なテストコンピューターを使って4択で答える交通ルールのテスト(20問くらい)を受けます。

そのテストパスすると、隣に運転経験のある人に乗ってもらい、運転の練習をしても良い許可をもらえます。
少し
自主練をした後、次は実際に車を運転して見せるテストがあり(5分ほど走るだけの超簡単すぎるテスト)それをパスすると、運転免許が取れてしまうのです。

ただ、免許を取得するには、車の保険に入っていることが条件になるので、登録されている誰かの車の保険に便乗したり、自分自身の車を持っていないと免許は取れない仕組みにはなっています(なので保険加入代は別途必要


というわけで、

交通ルールや標識の知識が結構怪しいドライバー(私も含がうようよ存在しているのが、アメリカなのです。
しかも更にそこに、あらゆる国出身のドライバー
が混在しているため、人それぞれがそれぞれのマイ・ルールに従って、熾烈なデットヒートを日々繰り広げているわけです(大袈裟


カローラを購入する以前に車を運転したのは人生でほんの数回しかなかったですが、アメリカの田舎で生活するには、とにかく車が必要というので、(当時、旦那さんは別の町に住んでいて、数日後には戻らなければならなかったため移動手段が無くなる前に買いに行こう、と右も左も分からないまま旦那さんのカーナビを頼りに)中古車量販店へと向かいました。

 

そこで購入前に試乗してみた方がいいだろう、というので、早速お目当てのカローラに乗り込みました。


隣に販売員、後部座席に旦那さんを乗せて、運転席に座りシートベルトを締め、おもむろに、

「オーケー、レッツRun!」と言って、ギアをRに入れる私…。


すぐさま販売員に、「待った!!それはRunじゃなぁーい!」と驚かれ、


はReverse(バック)だと言う事をそこで初めて知る私…(危険な香りが…)


取りあえず、販売店から出て、すぐに戻ってくるとう右折ばかりで構成された簡単なコースを無事に済ませて(こちらの右折は日本でいうところの左折のような感じ)、販売員にも「まあ、運転はそこまで悪くないから、大丈夫でしょう。」と背中を押され、ありとあらゆる書類にサインをしまくり、マイカー購入完了!


と喜んだのも束の間、

ここからマイカーを家まで持って帰らなければならない、ということは、旦那さんとは別々の車を運転して帰らねばならないということだと気付き、急にまた不安になってきました。

と言うのも、二人とも土地勘が全く無く、事前に帰りやすい道を確認したわけでもなかったので、旦那さんのカーナビを頼りに帰るしかなかったのです…


その時まだ携帯も持っていなかった私は、30分ほどの道のりを旦那さんの後をはぐれずに付いていかなければならないのですが全く知らない街超運転初心者の私が、はぐれずに後を付いていける自信が全くなかったのです(どう考えても無謀)。


取りあえず、はぐれそうになったら待つようにするから、と旦那さんが言ってくれたので、やるしかない!と腹をくくりカローラに乗り込みました。


旦那さんのカーナビは、最初から量販店の前の道を左折するように示していたそうですが、お店の前の道は、なんと片道4車線プラス真ん中にある左折用レーンも入れると5車線もある交通量の半端なく多い巨大道路で(しかも坂道のところにあったので左からやって来る車が直前まで見えない)、ここを左折するのはなんぼ何でも無理だろう、と判断し、まずは右折してくれました。

そこからすぐにまた右折。

さっき試乗したところと同じ道です。

これなら行けるかも

と思ったのも束の間、


何度か右折を繰り返していたもののすぐにまたあの巨大道路に戻って来て、そこで今度は旦那さんの車が左折して行くではありませんか…!


はぐれてはいけない!という一心で、すぐさま後を追って左折する私


すると…、坂の上の方から次々と車が猛スピードで姿を現し(この巨大道路、制限速度が約95Kmと言う半分ハイウェイになっている道だったのです…)、


ぎゃー、ぶつかるー!と思いながらアクセルを踏んだものの、ぎりぎりのところで、最後の4車線目にいた車の端がマイ・カローラの左お尻にぶつかってしまいました…shock


これが、先日書いた「たった一度の事故」の顛末です…。


衝突した相手は、大学生の若い黒人の男の子した。
事故を起こしたことにかなりショックを受けていて、最初は呆然とした様子でいたのですが、私の動揺がそれを上回
っていたので(それこそ、I'm sorry!連発するは、旦那さんを相手になにやら日本語でわーとしゃべりまく)、駆けつけた彼の母親と彼とで、途中からとにかく私を慰めてくれる、という不思議な図式になっていました…。


事故相手の男の子の母親は体格の良い肝っ玉母さんという感じの人で、私を何度もハグしてくれて、「とにかく大丈夫だから。誰も怪我してないんだし、それだけでも不幸中の幸いだから。マイナーな事故だから、ね、気を落ち着けて。何もかも大丈夫になるから!」と慰めてくれていました。


異国の地に来てすぐの事で、事故のことばかりではなく、これから始まる新しい生活への不安などもあって、肝っ玉母さん(赤の他人ですが)にハグされると、なぜか涙が出てきてしまいましたcrying


私が涙ながらに謝り続けので、相手の男の子まで、「僕も速度制限よりスピード出してたので、僕も悪かったんです…」と警察の前で言ってしまう始末。


私達は人情物語の主人公か?と思うような不思議な展開で、警察も「とりあえず、誰も悪くなかったってことで…」と誰にもチケットを切らずに、一件落着しました。(事故の修理費はそれぞれの保険会社がそれなりに持ってくれることになった。)


肝っ玉母さんは、これも縁だと思って、これからこの町で何か困ったことがあったら、いつでも連絡してきてね!と言って、連絡先まで教えてくれました。(さすがに連絡はしませんでしたが…、ありがたいお言葉ですweep


さて、
左側
がひしゃげてトランクが閉まらなくなってしまったマイ・カローラですが、


つい
さっきまでいた中古車量販店へと帰ることになりました…(事故は店の目の前でしていたので、店員さんもその一部始終を見ていた…)



ここで車を買ってすぐに左折で事故るってのはよくあるんだ。少なくともあんたが初めてじゃないから、そんなに落ち込むな


という微妙な慰めを
してくれるメンテナンスのおじさん…。

それ以来、しばらく左折恐怖症になってしまいましたが、あの事故あったおかげで、慎重に運転をするようになっ、あれよりもっと大きな事故(怪我人を出すような)をすることなく今に至っているのかな、という気もします。



今でも、あの巨大道路を通る時は、あの肝っ玉母さんとその息子のことを思い出し、あれがアメリカ生活の始まりだったなー…としみじみとしてしまいます。

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2013年1月29日 (火)

霧の中から突如現れたのは…

最近は、つぶやき記事ばかり書いています…。
現実世界では、研究論文のまとめを気が狂うほどしているので…、ブログ世界(?)では気軽に書けるつぶやき記事つい偏ってしまいます。


私の愛読しているブログ
に、マイカー入手記事が書かれていたのを読んで、私も初マイカーを入手した時のことを思い出してしまいました。


というわけで、今日もつぶやき記事です。


日本では運転免許す
ら持っていなかった私ですが、アメリカで免許を取り今ではドライバー歴約5年になります。


自慢じゃないですが、はっきり言って私は、

バッド・ドライバーです。

と、誰かを車に乗せる時にはいつも、初めにキッパリと宣言させていただいております。


自分を
卑下したり、自分のことを悪く言って笑いを取る(自嘲)文化のないアメリカでは、これを言うと、みんな本気でちょっと怖がりますが…「You'll be fine!(大丈夫)」とか言って本気で励まして?くれたりもします。


ところで、アメリカでは、アジア人はバッド・ドライバー(運転が下手)、という
イメージがあって(運転ルールが母国と違いすぎるためではないかと思いますが)、私はまさにそのイメージに沿ったアジア人ということになります(胸を張ることでもない)。


運転が下手、と言っても、
今まで事故はたったの一度、そしてスピード違反たったの一度しかしていません

(それだけしてれば十分か…)



スピード違反をしたは、忘れもしない霧のかかった早朝でした…。

しかもなぜかその時、携帯カメラで写真まで撮ってい
ました。

それがこの写真…downwardright携帯が超旧型のため、画像が粗すぎてすみません。

Fog


朝5時に家を出て、7時
40分から始まる教育実習生の授業を見に行くため、初めて行く土地へと車を走らせていました。


写真に写っているような田舎道(でも一応州のハイウェイ)を延々と進むこと2時間半、授業開始時間が迫っているのに、まだ学校が遠い(カーナビを持っていないので、印刷したグーグルマップ指示を頼りに…)、しかも土地勘が全くないので、曲がるべき道を見逃してしまったのではないか、という心配や、果たしてこんなところに学校が存在しているのか、と不安になる心…、次第に近づいてくるアパラチア山脈…。


ここは既にアネクメーネ(人間の非居住域)ではないのか…?と思うほど、他の人間の存在を感じさせないハイウェイ(とその周辺)…。

そこへ突如どこからともなく現れたのが


勿論、警察なんですね~


よくこんなところに張ってたな!と
褒めたくなるほど、交通量が少ないこんな道で、まさか初めて出くわした自分以外の人間がポリス・オフィサーだとは…

でも、恐らく、
そこを通る数少ない車は、ほぼ100%の確立でスピードをちょっと違反しているのでしょうね…私ももれなくその一台に仲間入りしてしまいまた。


ところで、アメリカでは、スピード違反で停められたり、交通事故を起こしてしまった場合、本当に自分が悪い場合でも、「I'm Sorry.(すみません)」と言ってはいけません。(というのを知っていましたか?私は知りませんでした。)

「スピード10マイルも越えてたよ。」と言われて、

即、「I'm Sorry.」と言ってしま
った私。

「I'm Sorry.」と言うのは、私が悪かった、と認める発言になるので、スピード違反でも裁判所へ出頭するようなアメリカの場合、自分から非を認めるような発言は不利にしかならないのです。(知っててスピードを出したと認めているようにさえ聞こえてしまうため。)

10マイルも越えてたとは不覚ですが、更に「I'm Sorry.」と言ってしまったため、結局後日、違反の罰金を払うことになってしまいましたcrying


でも…、

こんな人気のないアパラチア山脈のふもとで
スピード違反のチケットを切られたとは言え、久しぶりに人間と遭遇したことでなぜかホッとする自分もいて、しかも道を聞くには最も好都合な相手・ポリス・オフィサー!ということで、実習生のいる学校への道をついでに尋ねてみました(かなり近くまで来てるはずだし)

が、

髭を蓄えたその警官は、ゆっくりと首を横に振り、

「分からない。そんな学校聞いたこともないね…。悪いね。」


という言葉を残し、去ってしまいました。


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まさにナイトメア(悪夢)


結局、そこから更に30分ほど進んだところに、学校はちゃんと存在していました。(あの警察め…


授業はとっくに始まっていましたが、気にする様子もない実習生とその指導教官



それにしても、


一体、生徒はどこに住んでんだべ?


と思わず北海道弁がでる不思議な学校でした…。(学校は普通の規模で、一クラスの生徒数も多かった。)


この不思議な経験(大した不思議でもない)以来、スピードはアホほど守るようになりました。そのちんたら運転する姿が、イワユル「運転がいかにも下手そうな人」になってしまう所以の一つでもあります。


最後に、
先ほどの携帯写真からも分かるように、私の車は左ハンドルです


日本へ帰っている間友人の車に乗った際、「ハンドルが右にあるって不思議な感覚になるな…」と思わず言ってしまったのですが、友人に「えー!!車何運転してるん?!」と聞かれ


「カローラだよ。」


と言うと、「カローラかいっっ!!」


と笑われました…。


ま、左ハンドルのカローラってある意味クールですよね?


今日は、初マイカーを持った時のことを書こうと思ったのに、なぜかスピード違反の話になってしまいました…(いつものことですが)。次回は、初マイカーを持った時のことを書こうと思います。

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2012年10月28日 (日)

アメリカ生活で困ること

アメリカ生活で意外に困ること…それは、椅子のサイズが合わない!ということです。


どのように椅子のサイズが合わないかと言うと


椅子の背もたれから、腰掛の終点?での距離が、長すぎるのです!!


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初めてお絵かき機能を使ってみました。


一般的なオフィスチェア
に腰掛けると、背もたれまでが遠すぎて、常に良い姿勢を保たなければならず、これが結構しんどいのです…。


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しかも、足もぶらぶらと宙に浮いているので、余計良い姿勢を保つのが難しいんですよね…。椅子の高さは調整可能ですが、椅子を低くして足床につくようにすると、今度は机が高すぎて腕がしんどい。(オフィスへ足をのせる台を持ち込むことも可能ですが…)

結局、背中が少しずつ背もたれの方へのけぞっていき、腰へ負担のかかる姿勢になってしまいます。(背中へクッションや枕を置くというのも試しましたが、どれもしっくりこず逆に腰が疲れる結果に…。)


更に、これがゴージャスな社長椅子系のオフィスチェアになると…


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頭のところについた首や頭を支える枕?の部分が、頭の丁度上から押し潰す感じになり、首が疲れる、背もたれに届くように腰掛けるにも遠すぎて、足が完全に浮く、そして、背もたれに届くように腰を丸めるので、腰に負担がかかり痛む!

というトリプル
ダメージを受けます。(イラストはやや極端に誇張していますが…)


今のところ色々試した結果、私の一番しっくりくる椅子は会議室にあるような安い椅子。

こんなやつdownwardright です。(アメリカ人にとっては座り心地の悪い椅子ですが、私にとっては最も快適。でも、机の高さと合わない場合あり。)


Sample_metal_chair_2



この問題はつまり・・・足が短いということに尽きます。(あと身長の低さ)


特に、膝から足の付け根までの長さが日本サイズだとアメリカの大人用オフィスチェアでは、サイズが合わないのです。


ところで、
つい先日Yahoo!Japanのニュースを見ていたら、国別足の長さランキングのようなものが紹介されていました。(座高比から出しているようですが。


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データの存在する国だけを対象にしてい
ていますが白人や黒人に比べると、やはりアジア人はの短い人種なんですね。

この頃は、食生活や生活習慣の変化で、日本人でも手足の長い長身の人が増えてきましたが、私は完全にアジア人体形で、この平均値からは程遠いので(特に身長が)、アメリカンチェアには太刀打ちできません。


けれどほぼ一日中、椅子に腰掛けて仕事をしていると、椅子の座り心地は、仕事と身体の調子に関わる死活問題です


今はもらい物の家具で生活していますが、いつかお金持ちになったら、オーダーメイドで、自分の身体にぴったり合った椅子と、椅子に合った高さの机を作るのが夢です


 

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