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2013年6月

2013年6月29日 (土)

グルテンフリー食事療法と自閉症

みなさんは、グルテンフリーダイエットを知っていますか?


ダイエットと言っても、減量の意味ではなく、ここでは規定食とか食習慣という意味で使っています。


「フリー」というのは、それが含まれていない、ということですが、グルテンというのは、タンパク質の一種で、麦類に含まれる成分です。


このグルテンにアレルギーを持つ人(それが重症化すると「セリアック病」と呼ばれる)がいて、もともとはそういう人のためのグルテンフリーダイエットとして、「グルテンフリー」と書かれた食品パッケージなどがあったわけですが、


最近では、ハリウッドのセレブの間でグルテンフリーダイエットをすると、肌の調子が良くなったとか、やせたとか、体調が良くなったという話をする人が増えて(ミランダ・カーや、アン・ハサウェイなどがグルテンフリーダイエットを実行していると公言している)、健康志向の女性の間でちょっとした流行になっているのです。


ところで余談ですが、麦類を使わない伝統的な和食は基本的にグルテンフリーであることが多いです。



そのグルテンフリーダイエットが、自閉症の症状の軽減に効果がある、という理論上の意見を述べる研究が出てきたことで、ここ数年、アメリカではグルテンフリー&カセインフリーダイエット(頭文字を取ってGFCFと呼ばれる)を実行する親御さんが増えています。


カセインというのは、乳製品に含まれるタンパク質です。


このGFCF、登場した当初からその効果の程の疑わしさから(その上、本格的にGFCFを取り入れた食事を用意するのは手間もお金もかかるため)、賛否両論あり、未だにその自閉症への効果がきちんと実証されていません。



理論上の議論によると、自閉症のある人は、グルテンとカセインに含まれるペプチドやタンパク質に過剰に反応するか、特殊な消化をする可能性があるため、自閉症的な症状(コミュニケーションの難しさや、社会性の難しさ、自閉症的な行動:身体を揺らす、行動の繰り返しなど)が出るのではないか、という仮説が立てられたわけですが、


GFCFの効果は科学的には証明されておらず、多くの医学研究はGFCFの自閉症への効果をサポートしていないのが現状です。



今月(2013年6月)、「Education and Training in Autism and Developmental Disabilities」という学会誌に、

「Effectiveness of Gluten-Free and Casein-Free diets for individuals with Autism Spectrum Disorders: An evidence-based research synthesis」(グルテンフリー&カセインフリーダイエットの自閉症者への効果: 実証に基づく研究総括)という論文が掲載されました。



食事療法が自閉症への療法として登場した1977年から現在までに発表された論文から、総括的にその結果を考察して、GFCFの効果を調べたものです。


それによると、
GFCFに関するほとんどの研究は2000年以降に発表されており、論文数は23本とごく少なく、それぞれの研究の質もあまり良くないという結果で、


GFCFによって改善しようと試みたターゲットとなる行動・能力は、

コミュニケーションスキル(アイコンタクト、発語、無言語コミュニケーションスキルなど)、社会的やり取り、身体能力、知的能力、問題行動の減少(癇癪、自傷行為、攻撃性、物の破壊行動、逃避行動などの減少)、など多岐に渡り(23本の論文がそれぞれバラバラの行動をターゲットとしている)、


ほとんどの論文が1年以内に結論を出しており(7本の論文が1か月以内、6本が1~3か月以内という短い期間)、


23本の論文のうち、11本はGFCFと他の療法を併用しているため、GFCFそのものの効果が分かりにくいことと(研究対象として他の療法を用いていない研究でも、学校やセラピーなど普段から使用している療法を完全に除去してはいない)、


研究を長く続けた場合ほど効果が出ているという結果も報告されてはいるのですが、その間他の療法も続けているため、問題行動の減少などは、GFCFのみによるものとは言い切れない難しさがあり(長期の研究になれば子どもの自然な成長も加味しなければならない)、


結果として、やはり今のところは、


GFCFが自閉症のある人にどの程度効果があるかは不明、


という結論が導き出されています。


また、こうした研究総括の弱点は、学会誌に発表された研究だけがターゲットになる点です。


学会誌は、研究結果がハッキリとしている論文を好む傾向にあるため、効果不明のものや、効果なし、の研究結果を報告する研究が出版されにくいという問題があります。


というわけで、結局今の時点では、GFCFの効果は科学的にはまだ証明されておらず、更なる研究が必要ということですね。




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2013年6月19日 (水)

学習障害(LD)の子どもをサポートする4つのヒント

学習障害(Learning Disabilitiesの頭文字を取ってLDと言われる)は、知的発達の遅れによるものではない学習に関わる能力(読み、書き、計算、理解、聞く、話す、推測するなど)に著しい困難を伴う状態で、原因は様々ですが、いずれにしろ本人のやる気や怠けの問題ではなく脳機能の状態によって引き起こされる困難さを指します。


なので、ちょっとした教え方の違いやサポートのあり方で、本来の能力が発揮され、実はとても賢い生徒だったんだ…と教師を驚かすことが多々あります。



私の教えた大学のクラスにも、毎クラス3,4人はLDのある学生がいますが、どの学生もとても賢く、将来素晴らしい教師になるだろうなーと思わず目を細めてみてしまうような才能のある人ばかりでした。(そのどの学生も、中学校や高校で学習の仕方を上手く教えてくれた恩師のような人がいて、その人のおかげで自分の人生が変わった、というような経験をしているのが面白いです)


私の学科の教授の一人にも、読み・書きのLDを持つ人がいますが、彼女の場合も日本にいれば、高校受験の辺りから今とは全く違う進路へと進んでいたのかな…と思うと、こんなに優秀な人材が、埋もれてしまうというのは勿体ないことだと思ってしまいます。


LDが理解されるまでは、LDのある子は単なる勉強のできない子とか、怠けものとして一括りにされてきました。本人は教師や親の期待に応えようと頑張っているのですが、そのたびうまくいかないという経験を繰り返すうちに、中高生になる頃には、どうせやってもできない、と思うようになり、最初から何もやろうとしない状態になっていくケースが多く、高校中退をする生徒の中にはLDの生徒も多いです(アメリカでは)。




さて、
LDにもいろいろなタイプがありますが、今回は視覚・認知に困難を持つ子ども(や大人)の学習を助ける4つのヒントを紹介したいと思います。


視覚認知障害は、目で見たことを脳で処理する際に起こる困難性です。



例えば…

記号を読み間違える(+と×の区別がつきにくいなど)

何かをじっと見ていられない(読んでいる最中に、きょろきょろと別のことに気がとられる)

ノートの線の中に文字を収められない(文字がはみ出る、ばらつく、どんどん脱線するなど)

物の距離感がつかみにくい(よく物にぶつかる、物を端っこに置くなど、例えばグラスをテーブルから落ちそうなほどの端に置くなど)

似ている物や文字の形、色の識別などが難しい(b とd、 pとq の区別がつきにくいなど)


他にも、

テストに書いてある指示など、大事な情報を見つけて理解するのが難しい

理路整然と物語を書くのが難しい

情報を本や黒板から書き写すのが難しい

針仕事など細かい手の動きが難しい

速記ができない(できたとしても字が読めないほど汚くなるなど)



また、視覚認知障害のある人には、短期・長期記憶に困難を示す場合もあるようです。




では本題の4つのヒントです


1.やることの手順を短い文で簡潔に紙に書いて渡す。

 
行間を大きくとって、大きめの文字で書くことも大事です。

クラスでこれから何か課題をする場合、まずはこれをしてあれをして、それが終わったらあれをして…と延々と指示を出す場合が多いと思いますが、視覚・認知障害のある子どもの場合、それを覚えるのが難しく、一つ目の課題を終えるとぶらぶらと歩きまわったり、周りの生徒の邪魔をしてしまったりして先生に注意される、というケースがよくあります。


その子どもだけに書いた手順を渡すと、変に注目を集めてしまう場合などは、クラスの子ども全員に同じものを配ると良いです。こうした手順書はどの子にとっても分かりやすく、助かるはずです。


家で用事を頼む場合にも書いて渡す、というのを実践すると良いと思います。
子どもが大きくなってくると、自分で手順書を書く練習もさせて、いずれは自分で聞き取りながら書くようになれると良いですが、それがどうしても難しい場合は、相手に事情を説明して書いてもらうように頼むことを身につけるというのも大事なスキルです。


(この頃はいろいろなテクノロジーがあるので、音声を録音したり、録音した音声を書き出す機能などを使うのも手ですが、音声書き出し機能はまだまだ不完全なのが問題です)



2.声に出して読む。


視覚・認知障害のあるLDの子どもの場合、自分自身の声に出して言うことで情報のインプットがしやすくなります。


文字に書いてある情報を学ばせたい場合、まず声に出して読ませる。そしてその情報についてディスカッションさせたり、話させたりする。

例えば、こういうタイプの子どもの場合、漢字を覚える場合にも、何度も書いて覚えるよりは、漢字の部位を語呂合わせのようにして声に出して何度も言うことの方が覚えやすいことがあります。




3.読みの勉強の時に、「ペーパーウィンドウ」を使う


ペーパーウィンドウとは、紙を切り抜いて作った台紙のようなもので、今読んでいる箇所だけに注目するのを助ける道具です。

簡単に手作りできます。


良い画像が見つからなかったのですが、こんな感じ↓

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台紙は模様がない方が良いような気がしますが、本人がお気に入りの台紙を手作りして、こうして好きな模様のついた台紙を使うというのも悪くないかもしれません(本人のモチベーションが上がるのと、長く使い続けるかもしれない、という点で)。


行が入り交じって見えるLDの場合、この紙小窓があるだけで、読みのレベルが劇的にアップするので、本人も読むのが楽しくなるし、読める自分に自信が持てるようになるので、こんなに簡単な手法なのに、もたらす恩恵の大きいのが紙小窓の良い点です。




4.インデックスカードを使う。


リングのついた小さな単語カードのようなものがあると思うのですが、それに何度も出てくる大切な情報(数学の公式や英単語など)を書きこませ、声に出して何度も情報をリピートするいわゆる古典的な自習方法ですね。

目で見て声に出して言う、という繰り返しが、視覚・認知障害のある子どもには効果があります。



最後におまけ。


これはLDだけではなく、ADHDや自閉症の子どもにも当てはまることですが、教室で活動を初める前に手順の指示を与える、というのが大事です。いったん活動が始まってしまうと、がちゃがちゃとほかの子どもが何かをしたり話したりしている中で指示を聞くというのがとても難しいからです。本人も、目の前にある紙や道具に気を取られてしまい、なかなか指示が入りません。


活動に使う道具(例えばワークシート、折り紙、はさみ、粘土などなど)を配る前に、これからすることを簡潔に分かりやすく伝えて、活動が始まってからは子どもが自分で活動手順表や黒板を見ながら動くようにするのがベストです。
これは多くの教師が自然としていることですね。



"If a child can't learn the way we teach, maybe we should teach the way they learn."


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2013年6月13日 (木)

50年前の日本の味をアメリカで味わう

最近、ひょんなことから80歳になる日本人女性と知り合いました。


アメリカに住むようになってもうすぐ6年目になる私ですが、未だに親しい日本人の友達がいません。


自分から積極的に日本人コミュニティーに関わろうとしてこなかったので、仕方のないことなのですが…


海外に住んでいる日本人同士で集まる時、共通点が「日本人であること」という一点しかないため、相手と気が合うとも限らず、


日本人と会える!と期待していくと、逆に話が全く合わなかったり(同じ中学校にいたら、絶対仲良くなってなかったやろな…という感じの人とか)、


相手が「海外に生活しているというだけでハッピー!」タイプだったりすると、どうも苦手だったりして、期待した分なんとなく寂しさ倍増になるので、いつしか敢えて日本人を探し求めることを辞めてしまいました…。


この80歳になる女性とは、大学のプロジェクトを通してひょんなことから出会ったのですが、彼女はアメリカへ嫁いできて50年になるという、アメリカ生活の大ベテランです(いわゆる戦争花嫁という感じなのかな?と思いますが)。


顔は完全に日本人ですし、立ち居振る舞いも日本人の雰囲気が残っているので、日本語で話しかけてみると、ところどころ英語が混ざり合う、ちょっとかわった訛りのある日本語になってしまっていて

(外人の話す日本語とも違う、しいていうと、日本人のロックンローラーが歌う時になる訛り方?さ行やタ行が英語風になってしまう感じ、伝わりますかね?)


相槌も完全に「ンァーハ、ンァーハ」になっていました。


かと言って、英語も日本訛りの強い「ディス・イズ・ア・ペン!」的な発音のままで(でも流暢に話しておられる)、


アメリカにいれば「日本人」、日本に帰れば「変な人」に見られる、と本人が言っておられたように、丁度アメリカと日本の中間点にいるまま年月が経ってしまった、というような、二つの文化のどちらにも属さない(またはどちらにも属している)不思議な第三の文化を作り出しておられる方です。


その方は、この50年のうちに2,3度しか日本へ帰国しておらず、旦那様は既に30年ほど前に他界されているのですが、沢山の子供に恵まれ、その子どもたちの孫も沢山いるので、もうアメリカの方が「ホーム」になっている、とおっしゃっていました。


日本には、下の兄弟が二人ご健在だと言うことでしたが、日本へ帰っても自分の居場所がないので、帰りたいと思うこともなくなったのだそうです。


ただ、温泉宿へ行きたいとか、そういう願望はあるようですが…。


こういう話を聞くと、何とはなしに寂しいような切ないような気分になってしまうのは、私だけでしょうか…。(自分のこの先を重ね合わせてしまうからかな?)


日本にいても、年を取って友人や家族に先立たれてしまうと、同じような孤独を感じている方もいるはずですし、海外暮らしだから特に孤独、ということもないのかもしれませんが…。


それにしても、
今と違って、50年前に海外へ嫁ぐというのは、覚悟の度合いが違っていたのだろうなぁ…と思います。簡単に日本へ帰れるわけでもなく、周りに日本人が一人もいないところで(日本食も今より手に入りにくかっただろうし)、家族には二度と会えないかもしれない、という覚悟を持って、完全にその国の文化に同化するつもりで海を渡ってきたはずです。


そりゃ、相槌も「ンァーハ」になるよなー…。


その女性とは、お互いに本が大好きということで話が合い、なぜか今まで会った日本人の中では一番気が合うのでは、と思うほど仲良くなれそうな雰囲気です。



その方は、日本の本を読みたいのだけど手に入らず(インターネットを使えば簡単なのですが…)、もう何年も同じ本ばかり読んでいる、というので、先日、私の本棚にある読み古した本を全部持っていきました。


大喜びして、すぐに一つ手に取って読み始めたグランミー(=おばあちゃん)、


私が来るというので、巻きずしとエビの入ったかき揚げ、アジアンマーケットで仕入れてきたタケノコとこんにゃくを使って筑前煮を用意してくれていました。


その味付けの仕方が、なんとも懐かしい…。


おばあちゃんの味は、海を渡ってもおばあちゃんの味です。


50年前の日本の味をそのまま保ち続けてきた感じが、日本にいるおばあちゃんよりも更におばあちゃんの味になっているほどで(分かりにくい表現ですが)、50年前にタイムスリップしたような気分でした。




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2013年6月 6日 (木)

人の痛みが分かる?(研究)

痛がりの友人が、ちょっとどこかに手をぶつけただけで、大げさに痛がっている時などに、「ほんまかいな?」とちょっと冷めた目で見てしまったことがありませんか?


でも、痛みって主観的なものだし、その人にとっては、七転八倒するくらいの痛みに感じてるのかもしれないよなぁー…などと思いながら、一応「大丈夫?」と声をかけたり…。


この痛みを客観的に測定することが可能になった、という研究報告を読んだので、ここにご紹介します。(コロラド大学Boulder校のDr.Wagerらによる一連の研究です


今まで、痛みを訴えて病院へ来る患者の痛みを理解するためには、患者の説明一本に頼るしかなかったのですが、この方法はもちろん客観性に乏しく、また言葉で説明のできない人々(例えば、脳疾患などで言葉を話せない患者や、発語のない自閉症の方々、乳幼児など)の場合、周囲の人による「なんとなく様子がおかしい、どこか痛いのではないか。」というような説明に頼るしかありませんでした。



そういった患者に、より適切な治療を施せるように、ということで始まった研究ですが、


この痛みの測定、fMRI (functional magnetic imaging resonance) という、神経活動に反応して起こる血液内の酸素の流れや変化を測定する技術が使われています。



この研究では、
114人の大人を対象に、怪我をしない程度にコンピューターでコントロールされた熱い金属板を腕に近づけて痛みを感じさせ、fMRIを用いてその反応を測定するという方法で行われました。


Dr.Wagerは、この熱い板について


"It can produce a safe and very reliable source of painful input to the brain."
(安全でとても確実な痛みのインプットを脳に与えることができる)


と言っていますが、この表現、なんともマッド・サイエンティスト風に聞こえてしまうのは私だけでしょうか…。


とにかく、
このfMRIによって、被験者の痛みを90~100%正確に測定することができたのだそうです。


更にこのfMRIによって、痛みどめの薬がどれくらい効いているかも測定できるのだそうです。これは、表出言語のない患者にとっては朗報ですね。



そこで、次に、Dr.Wagerらは、このfMRIで感情的な痛みも測定できるのかどうかを調べる研究に着手しました。


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つい最近恋人に捨てられたばかりで、更にそれを引きずっている人々を集め、友人の写真に紛れて、フラれた恋人の写真を見せ、fMRIでスキャンするという実験を行いました(ますますマッド・サイエンティスト風な感じになっていますが…興味深い研究ではありますね)。


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恋人にフラれたなどの感情的な痛みを経験するとき、脳は身体的痛みを感じた時とあまりにも酷似した反応を示すことは以前から分かっていたのですが、今回の研究で、それがfMRIによって測定できるということも分かりました。



ただ、Dr.Wagerらが警告しているのは、この技術を痛みの嘘発見器として用いることは避けるべきだ、ということです。


と言うのも、患者が医師に痛みを伝えたときに、その医師がその痛みを信じ、理解し、対処したと感じただけで、患者の痛みの30%が減少するという報告があるからです。



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2013年6月 5日 (水)

博士論文の口頭試問

先日、遂に博士論文の口頭試問を無事に終え、正式に「Dr.くり子」になりました…。

口頭試問は、約2時間を見て会議室を抑えるように言われていたのですが、実際は1時間半ほどで終了しました。


口頭試問のやり方は、同じ大学でも学科によってそれぞれ違うので、参考になるかどうか分かりませんが、


私の場合は、


博士論文のプレゼンをする前に、まず部屋から一時退室するように言われ、その間、私の博士課程委員会の教授らが、そもそもこの研究が博士号を与えるに値するか、大きな間違いはないかどうかを簡単に確認します。(プレゼンを初めてから、そういうことになると、発表してる方の気まずさったらないですからね…。)



そして、部屋に戻ってから研究についてプレゼンを始めます。


プレゼンは30分ほどで、今まで見た口頭試問では、博士学生が一方的にパワーポイントを使ってプレゼンをして、その間教授は黙って聞く、という感じだったのですが、


私の場合は、なぜかプレゼンに1時間10分ほどかかってしまいました。


というのも、プレゼンの間に教授らが、これからこの研究を学会誌に発表することを踏まえて、「ここのデータを使って、こういう解析もできるよね。」とか、「このデータは面白いから、これを使ってファクター解析をしたらいいかも!」など、同じデータを使って、違った解析をいくつもすることで、何本も論文を発表する方向で(こういうやり方はとてもメジャー)、好き勝手に盛り上がり始めたからなのです。



少なくとも、私のした解析や書いた論文への批判などはなく、将来の展開へのアドバイスばかりで、とてもためになる研究ミーティングのようなプレゼンの時間になりました…gawk


プレゼンが一段落してから、もう一度退室するように言われ、このままパスなのか、書き直しなのか、落第なのかを委員会の教授らで確認する時間があります。



ところで、口頭試問に家族や友人を招く人もいて(人生における大きな達成の瞬間を共有するため)、そういう人は、この時に、招かれた人も全員外に出て、それぞれハグをし合いながら、よくやったね!良かったよ!などと励ましたりします。


私の口頭試問には誰も招かなかったので、外で待つこの時間、一人で廊下に立ってぼーっとしていたのですが、


そうすると、廊下を通りかかる人が、


普段通りに


「久しぶり~!元気だった~??博士研究進んでる?」


と話しかけてきたりして、


「いや、今まさに口頭試問の最中なんだけどね…


「ええぇー??まじで???え?でもなんで廊下でブラブラしてるの?」


と不審がられる始末。


いや、無駄にブラブラしてる訳じゃないんです。


そうこうしていると、会議室のドアが開き、戻って良いの合図が…。



今まで見た口頭試問の時には、会議室のドアが開くこの時に、博士課程委員長が、おもむろに


「ドクタースミス、入ってください。」


と言う(ここで、家族や友人が一斉に、きゃー!おめでとう~!!と叫ぶというアメリカンな感じになる)のが伝統?なのですが、



廊下で一人ボーっと立っている私に対して、この茶番をするのもどうかと思ったのか、普通に


「入っていいよ!」


と言われただけだったので、一瞬、


これはパスか落第がどっちなんやろ??

と戸惑いましたが、


入ると教授たちが、おめでとう~!ドクター・くり子!とそれぞれハグをしてくれたので、一安心


論文を書くのがすごく上手だとお褒めのお言葉までいただき、
未だに就職活動で苦戦中の私に、「あなたの論文を一度読んでもらえる機会があれば、絶対採用されると思うんだけどねぇ…。」と口ぐちに励ましてくれましたweep



というわけで…、


長い長い地獄の博士課程は無事終了…。



書き直しも特になく、(論文内の表のタイトルに毎回母集団数Nを書き入れる、とかそんなくらいで)あっけなく終わったのでした。


余談ですが、私の口頭試問の直後に、仲の良い友人の口頭試問が同じ部屋であったのですが(見られると緊張するからとお互い招待はしていなかったのですが)、友人は色々なスナックを用意していたり、テーブルに花を飾っていたりして、ウォーターボトルだけ人数分持って行った私とは大違いの雰囲気に、



そんなんするべきだったんですかね??



と急に恥ずかしくなってしまいました…(時すでに遅しですが)。


なので、これからもし口頭試問をする人は、何かスナックなど用意した方が良いのか、教授に事前に確認すると良いかもしれません…。(スナックなどを並べるのを嫌がる教授もいます)




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